脊髄小脳変性症について
平成18年7月掲載「くまもと版 家庭の医学本 VOL.1」より
- 脊髄小脳変性症とはなんですか?
- 脊髄小脳変性症とは、脊髄と小脳が萎縮する病気の総称です。ご存知のように中枢神経は、解剖学的に大きく分けて大脳、小脳、脳幹(間脳、中脳、延髄)、脊髄に分けられます。そのうち小脳は、運動がスムーズに行くように調節し、体のバランスを保つために働いています。また、脳幹はこれらの情報を脊髄に伝えたり、脊髄から入ってきた情報を小脳、大脳に伝達する役割をしています。特に脊髄と小脳はかなり密接なつながりがあり、神経繊維も非常に多く行き来しているため、この両者が一緒に障害されることがまれではありません。なぜこの経路が選択的に障害されるのかはよくわかっていませんが、この部分が病的に変性(神経細胞が死んでいく)病気を「脊髄小脳変性症(SCD)」と呼んでいます。
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どんな種類がありますか?
- 臨床症状から分類すると①脊髄小脳型(メンツェル型)、②純粋小脳型(ホルムス型)、③脊髄型(フリードライヒ失調症)にわけられます。最近の遺伝子診断により研究が進み、SCA1~15に細分化され、マシェド・ジョセフ病や歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症などが分離されています。
- どんな症状が出ますか?
- 私たちは地球上の重力を感知して二本足で立ったり歩いたりするために、足の関節、筋肉、皮膚などから膨大な情報が脊髄を通り小脳に伝わり、それを制御してバランスをとったり、大脳からの命令を調整して手足をスムーズに動かしたりしています。これが小脳のおもな機能です。このシステムが障害されるわけですから、歩行時のふらつきのため足を開いて歩く千鳥足歩行(失調性歩行)になり、ひとりで立つ事も難しくなります。また、コップをとって口まで運ぼうとしても手が行き過ぎてしまったり、口のところで動揺して水をこぼしたりしてしまいます(測定障害)。言葉はろれつが回らなくなり、酔っぱらいのような話し方になったり、一方を注視したときに、眼球がゆれる「眼振」という症状がみられたりします。起立性低血圧や排尿障害などの自律神経障害を伴う事もあります。
- この病気の原因は何ですか?
- 時に慢性アルコール中毒や悪性腫瘍によるものなど原因がはっきりしたものもありますが、ほとんどが遺伝子異常と考えられています。特に、特定の遺伝子が意味もなく繰り返されているため、神経細胞が変性し死滅することが想定されています(トリプレット・リピート病と呼ばれています)が、その変性過程は現在までよくわかっていません。
- どんな治療法がありますか?
- 残念ながら今のところ決定的な治療法はありません。ただしTRH療法はある程度の効果を認められており、筋肉注射や静脈注射が行われています。TRHとは大脳の視床下部から出る甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンのことで、「ヒルトニン」という名前で保険適用になっています。また、近年このTRHの誘導体の内服薬が開発され(商品名「セレジスト」)、症状の進行を遅らせる期待が持たれています。
- リハビリテーションは必要でしょうか?
- バランス訓練と歩行練習が重要です。手足にたよる平衡感覚だけでは不安定になりますので、目による視覚情報を十分に利用してバランスをとる練習が必要になります。ただし転倒しやすいので十分に注意して下さい。この病気は進行性ですが、途中で進行が止まる事もあります。絶望することなく前向きに療養する事が、この病気と向き合う大切な事だと思います。
井内科クリニック 井 重博